2009年5月30日
シリーズ「この人」池谷キワ子さん・東京都農林水産振興財団理事
(いけたに きわこ)東京都あきる野市生まれ。日本女子大学(文学部国文学科)卒。博報堂(営業局)を経て、1980年頃から育林業。
現在、東京都農林水産振興財団・理事、日本森林技術協会・理事、日本林業経営者協会・評議員、NPO森づくりフォーラム・理事、森林インストラクター、森林評価士。
美しい山を次世代に残したい
「専業林家が家訓。他の仕事にはいっさい手を出さない。山に一本でも多く木を残すようにと、地味にやってきた」
東京都あきる野市養沢に180ヘクタールの山林を所有している。6代前の池谷治郎兵衛が、山峡の寒村で李(すもも)を山栽培して成功。石ごろの林地へ土を運び上げ、夫婦して植林、林業の基礎を築いた。
「間伐は他人が育てた山でやるべし、とはよくいったもの」
林業は60年、3代もかけて木材という商品をつくっていく仕事。
長い間世話をしていくうちに、杉や桧がまるでわが子のように思えてくる。成長の遅い木や曲がりのある木も、それだけにかえっていとおしい。
間伐はなかなか思い切ってできないものだが、それに引き換え枝打ちは、木の姿を整え、通直完満(つうちょくかんまん)な良材をつくるもの。育林作業の華だ。
「1カ月に100時間も残業した」
東京は武蔵野市にある都立武蔵高校を卒業後、日本女子大学に進学した。
中学時代まで過ごした地元あきる野市は山がそびえ、空が狭く、日が早く落ちるので嫌だと思っていたが、都市で生活してみると、眼前に緑のスクリーンが広がる田舎暮らしの素晴らしさを再認識できた。
1961年、大学を卒業して広告代理店の博報堂に就職した。
アカウント・エグゼクティブやコピーライターなど横文字の職業に興味を引かれ、一般公募で合格。配属先の営業局では激務に追われるなか、大学時代から続けてきた山登りに傾倒。
山から夜行で早朝、会社の最寄り駅のJR御茶ノ水駅に着き、そのまま出社したことも多々あった。
「夏の下刈り。夜のとばりが残る早朝、桧林で見た夜霧に濡れた下草が初々しく輝きだし、次第に朝日に染まっていく様子は、この世のものとは思えないほど神々しいものだった」
結婚を機に退職、家業を継承。
父亡き後、相続税払いと材価の低迷で途方に暮れていた16年前、3人の森林ボランティアがやってきた。
その後、途切れることなく通う彼らの情熱と献身が、育林への愛着を確かなものにした。
「林業はとても素晴らしい仕事だが、いまはお金にならない。林業を営むことによって環境が保たれ、すべての人が健康で幸福になれば本望だ。木漏れ日が差し込み、多くの動植物が気持ちよく住める豊かな森になるよう、残りの人生を捧げたい」
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