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2009年4月5日

シリーズ「この人」山﨑靖代さん・青梅林業家

山﨑靖代さん・青梅林業家
(やまざき・やすよ)東京都青梅市生まれ。玉川大学(文学部外国語学科ドイツ語専攻)卒。明治屋(本社国際事業本部配属、輸入菓子担当)を経て、1996年から林業経営者。
写真は築200年の自宅で撮影したもの。

青梅林業家、滑落事故を乗り越えて

「所有する山の面積が少なくても木の質が良ければ成り立つといわれた林業だが、今の原木価格では効果的なビジネスプランを描くのは難しい」

東京の青梅市や日の出町、奥多摩町に300ヘクタールの山林を所有。江戸時代から続く林業家の第18代当主として番頭とともに日々、育林や販売業務に尽力。枝打ちや間伐などの手入れは外注しているが、助成金がなければ成り立たず、原木は森林組合や素材業者に立木売りしている。

「山に良質材があることをご先祖様に感謝している」

1986年3月、大雪が降った。山の木が雪害に遭い10万本が倒れた。父は大変落胆したが2~3年をかけて20ヘクタールに6万本を植林。いま、その木を中心に育林・間伐している。桧と杉の割合は6対4、300年生の桧など質の良い木があることが山づくりの動機となり、手入れを行き届かせている。

「ご先祖様が助けてくれた」

08年7月、急峻(きゅうしゅん)な奥多摩の山で滑落(かつらく)した。斜度60度の急斜面から70メートルを転げ落ち、左肩は骨折、頭から足まで傷を負った。同行の森林組合の職員が無線で救急ヘリコプターを呼んだが、なかなか場所確認ができない。たまたま近くにいた同組合の作業班が駆けつけて周辺の木を20本ほど切り、3時間40分後、ようやく搬送、市内の病院で一命を取り留めた。当時、山の仕事は自分に向いていないと悩んでいたが、九死に一生を得て、山を守るという仕事を続けようと心に決めた。

「学生時代、仕事のためになることは何ひとつしなかった。この家に生まれてきたという運命があるだけ」

東京は赤坂の山脇学園中学・高等学校を卒業後、玉川大学に進学。通学時間は2時間と長かったが、下校時にお茶やショッピングを楽しむ普通の学生だった。両親には厳しく躾けられつつも、大切にされた世間知らずの一人っ子。就活は禁止、卒業後は花嫁修行の身となったが、あまりにお気楽にすごしていたため、翌年、縁故で京橋の明治屋に入社。国際事業本部でチョコレートなどの輸入業務に携わった。

「ただ必死に続けた」

96年、父が他界した。相続手続きのため、それまで一度も行ったことのなかった山に入り、材積を調査。都市近郊林の高い相続税と向き合うなか、林業経営者の道を歩み始めることとなった。

「青梅材はその昔、多摩川を経て江戸の木場に流していた。いまは手入れのあるなし、また桧や杉にかかわらず木材の価格差はなくなってきている。国産材は下落するばかりで荷も動かない状況だ。流通しなくなることが何よりも怖い。課題は山積みだが、長い時間をかけて育てた木を無駄なく再生可能な資源として有効活用してもらえるよう努力を重ねたい」