2008年11月25日
シリーズ【この一葉】紀州55万石の居城、和歌山城
[写真左] 御橋廊下は、藩の政庁や藩主の生活の場である二の丸と、紅葉渓庭園のある西の丸とを行き来する橋だった。和歌山市では平成13年から御橋廊下の復元と周辺整備工事を行ってきた。現在は西の丸から二の丸へと行き来できるようになった。
[写真中央] 和歌山城は天正13年(1585)に紀州を平定した豊臣秀吉が弟の秀長に築城させたのが始まりで、築城を担当したのは築城の名人・藤堂高虎。元和5年(1619)には徳川家康の第10子・頼宣が入城して紀州55万5千石の居城となり、以来、尾張・水戸と並び徳川御三家のひとつとして、長い歴史を刻んできた。
[写真右] 昭和20年7月9日の戦災で焼失したが、33年7月に「和歌山城天守閣再生建期成会」が結成され、同年10月1日に天守閣が再建。その後も城門の復元や解体整理、復元整備が行われてきた。