2008年6月30日
シリーズ「この人」藤田勲さん・藤田(株)社長
(ふじた・いさおさん)熊本県球磨郡免田町(現あさぎり町)出身。昭和19年7月2日生まれの63歳。
相良810の歴史と木の文化継承に尽くす
現金1億円と「神城文化の森」の土地、建物など5億2千万円を、郷土の活性化に役立てて欲しいと、地元錦町に寄附した藤田(株)(熊本県球磨郡錦町)代表取締役社長の藤田勲さん。
“郷土愛を大切にしたい・社員一丸となって郷土に奉仕する”が藤田グループの経営理念。
人吉・球磨の相良藩八百年の“木の文化”を後世に残したいと、平成14年には「神城銘木博物館」を建設。市房杉、屋久杉、ケヤキ、カヤ、クロガキなど国産銘木の原木から盤木、製品、床柱、銘木工芸品約2万点の展示フロアは質、量ともに全国一の規模。
藤田さんは、さらに多くの人々と、子ども達に木の良さ、木のぬくもりを知って貰いたいと、神城文化の森に新たに屋久杉館(建物面積6356平方メートル)と、市房杉記念館(同4250平方メートル)の建設も進めている。総工費は11億円。この建物2棟も来年2月の完成後は錦町に追加寄附する。
こうした破格の寄付について「私はこの町が大好きです。錦町を中心として球磨.人吉地域全体が活性化することを願っての郷土愛と、もうひとつはこの土地を町の条例をはずしてまで企業誘致してくれた錦町の松田栄前町長への恩返しの気持ちもある。これからは公共施設として“神城文化の森”の名前が後世にまで残ってゆけば嬉しい」と語る。 また、昨年は創業40周年を機に、藤田グループのサンロード㈱社長も交代、経営の一線から退き、これからは「人吉球磨はひなまつり」など地域イベントにも力を入れ、郷土の文化事業に尽くしたいと考えている「神城文化の森の土地は奇しくも、相良37代藩主頼綱公の名義だったことも縁と思う。私も木や山など自然が好きですが、植林事業に力を入れ、山を大事にしてきた相良藩の歴史を伝えてゆくのは私たちの使命」と、今年4月に「相良810年の歴史協力会」を発足、会長として相良藩の歴史継承に並々ならぬ意欲を見せている。
子どもの頃、レンゲ畑に寝転んで青空を眺めながら「将来は、地元の町長か、会社の社長のどちらかに必ずなる」と、人生の目標をしっかりと決めていたと言う藤田さん。中学を卒業と同時に名古屋の養鶏場で働いた時はホームシックに泣いたこともあるが、給料のほとんどは郵便貯金へ、100万円を貯め、21歳で地元に帰り精肉店を開業。それからは将来の事業資金づくりのため昼も夜もなく働き、29歳から35歳までは睡眠時間1時間という日も続いたという。
徒手空拳で、少年時代に抱いた大きな志と、想像を絶する努力と苦闘が、50歳で年商60億円の藤田グループを築いた原動力であろう。
藤田さんは子ども好きだ。ユニセフを通じ昨年3月には、ラオスに20校の学校建設資金7200万円を、また北京の万里の長城植樹活動資金にも2800万円、合わせて1億円を寄付している「万里の長城での植樹にも参加してきました。ラオスにも行きますが、面白いのは、藤田㈱が建設支援した20校の学校ニックネームには、市房杉、屋久杉、アララギ、桑、エンジュ、欅、楠などすべて日本の樹木名を付けたことです、今度訪れるのが大変楽しみです」と満面に笑みを浮かべた。